三田市消防団 第六分団四班
デイビッド・へプラ−さんの巻

デイビッド・へプラ−さん
「地域を守りたい」

 アメリカのオレゴン州から一九九三年に来日し、姫路市や宝塚市を移り住みながら結婚を機会に妻の実家である三田市へ二〇〇八年一月に引っ越してきました。
 私が、三田市へ引っ越して初めての春、妻とドライブしていると田畑から勢いよく濃煙が上がっているのを見つけ、急いで消防本部を訪ね事情を説明しました。 すると、その煙は、地域の野焼きであり、日本では昔から行っている害虫駆除のひとつである事を教えて頂き、また、その野焼きを警戒しておられた方々は、私達と同じ一般市民でありながら、災害が発生した時は、消防服に着替え、いち早く現場へ駆けつけて市民の生命や身体・財産を守る消防団員であることも初めて知りました。
 地域の災害に立ち向かう消防団員に興味を持った私は、地区内で実施された消防団夏季訓練を見学させて頂き、規律ある訓練に見とれている内に消防団に入る決意を固めました。
 「ワタシ、ショウボウダン、ハイレマスカ?」片言の日本語で、三田市消防本部の受付で聞いたとき、直ぐに担当の方が窓口に現れ、消防団は地域の組織、地域の理解がなければ消防団員として活動する事は難しいことを教えて頂き、地区の幹部団員と入団の話し合いをすることになりました。
 数日後、私が住む地区の幹部団員から入団の面接を受けましたが、「ミナサンノ、テツダイガシタイノデス」この一言で、私の思いが伝えることが出来たのか、地元分団皆さんのご理解を得て、入団が決まり三田市消防団第六分団の団員として活動することとなりました。
 秋の火災予防週間の真最中、午前六時に器具庫のサイレンが鳴りました。 「カジだ」入団説明の時、器具庫のサイレンが鳴ったら火事だから器具庫へ集合するように言われていたのを思い出し、慌てて、消防服に着替えて器具庫へ駆けつけると誰も集合していません。 「ナゼ」副分団長に確認の電話を掛けると「ソーリー」「ソーリー」と副分団長から謝られ、サイレンの回数で、訓練と本当の出動があることを教えて頂きました。
 まだまだ、失敗や教えて頂くことばかりですが、私が、消防団に入る事を一番理解し、支えてくれた妻のためにも、また、私の入団を認めて頂いた地域の方々のためにも、「三田市消防団」の刺繍を胸に紺地の作業服を身に纏ってこれからも頑張りたいと考えています。



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